Бумага все терпит. нет,Близок локоть, да не укусишь.

旧ブログ名:低速弾丸高校生が中二病全開 仕様も無い浅い豆知識を上げて行きます。どうか生暖かい目で見守っていて下さい。

その「選択」をしたのは何歳だった?

その「選択」をしたのは何歳だった?

というわけでやってきました久しぶりのブログ。

眠いので短めに。

 

選択というと、皆さんどんなことを思い浮かべるでしょうか。

大きな選択?例えば生き方とか。

それは最早人生のレベルで。

小さなことでもそうだと思います。

どのお弁当を作ろうかなぁ。

お昼ごはんは何を食べようかな。

そんな小さな選択でも良いと思います。

 

私の場合、小5頃でしたかね。

あんまりはっきりとは思い出せませんが…

一月ごろだったでしょうか。深夜、月がはっきり見えるような季節だったでしょうか。

いや、時間でもあるし、当時の天気の関係もあったでしょう。

以来から、その当時の現象が嫌いになりました。

時間、約1時頃でしょうか。これくらいの時間が最早トラウマにもなっています。

そして空模様。いや、空模様というには少し違いますか。

月が満月で、雲がそんなに目立たなくて、少しかかってるなぁ…くらいの空。

もちろん月の光が多くかかっていたあのときもあまり好きではありません。

 

そのとき色々あって。

親に怒られたんです。理不尽に。

結局私は暴力を振られ、床に横たわっている状態でしたね。

親の怒った原因は「親の言うことを聞かないから。」

無理難題です。

何も言われてもいないのに、しかもただでさえ普段一緒にいないのに。

それでも慕った、頼りにした私の精神は何だったのだと。

合おう思った瞬間その選択が頭に浮かびました。

出来るだけこの外道の悪魔共から逃れたいと。

正直、人間だからという私のセリフにはこんな意味がこめられています

「まだ悪魔じゃないから。人間として立派に生きているから。堕落したならもうそいつに価値は無い。私がかかわってやる価値も無い」と。

この悪魔って言うのは、このときに起こったトラウマの影響もあるので、こういう感情があります。

なんでこいつのために従わなければならない?

なにより追い詰められて怖い思いをするのは親の方じゃないか。

そう思った私は、正直生きるための希望がなくなって、最終的に死のうと思ったところまでありました。

まだ小学生ですし、当時はまだ何も知らなかったわけですから。

かなり荒れました。担任を困らせるほどに荒れました。

学校ではいじめの対象にされ、家では暴力に屈する毎日。

出来るだけどちらからも避けようとがんばって距離を置いていました。

この時本当に助かった、最早命の恩人とも言えるのが友達でした。

今でもそいつらとは絡んでいます。

正直こいつらがいなかったら、死んでた。真面目に。

そんなこんながあって中学生になり、まだまだ問題は残っています。

残悦、未だに傷跡は残っており、母親は八つ当たりが多くなり、父親は気が弱くなっていました。

正直昔から暴力はずっとあって、嫌がらせのように、馬乗りになってあたまを殴っては弄るようにぽんぽん殴ったり。

唾をかけてどうだ。といってからかうように、そしてストレス発散のように暴力を振るわれました。

もはや虐待の域だと。

そんな感情を持ちながら、ずっと今まで過ごしてきて、力を小学生の頃よりついて、精神的にも強くなったいまで、反乱を起こしました。

いままでされたことをすべて、いや、まだまだ残っています。

教育、けじめとかこつけてやられてきた暴力を、その時の雰囲気とあわせてくらわせました。

陶器を投げつけられて、頭に当たって、すごく痛かった。その上殴ってきた。

それを思いっきり、やり返しました。

正直慈悲の気持ちは全く無かった。

なぜなら相手は悪魔なんだから。

泣くまで、やめなかった。んで、泣いてる姿はキモかった。

泣いてるのがうるさいから、うるさい、泣くな、とも言い返しました。

すべて、親がやってきた所業です。

正直、今でも続いています。動けなくさせて、一方的に殴る。

でもなんで親にやられたことをやり返してはいけないのだろうと。

学校でもこのことを少し、一部を少し話したけども、みんなでヒドイと言います。

本当に意味がわからない。クラスのみんなのような、まともな人間ならこんなことはしないし、やられても抵抗はしない。なぜなら私があの親の子だから。

どうせあのいまわしいやつらの考えが染み付いてる。

どうせ生きる価値が無い。何なら、その人間に殺められるのは幸せだと。

もうこの選択が約6年続いています。

この事を思い出すたび、頭が真っ白くなります。

生きている価値が無いんじゃないかと思ったりします。

全ての人に秘密にこそしていますが、実はリストカットの跡が複数腕に残っています。

かなり昔で、そんなに深くなかったのであまりわかりませんが。

それを見ると、思い出すと、悔しくて仕方ありません。

でも当時皮肉なことに、一気に死んでしまおうと思わなかったのは、親のせいでもあるのです。あいつらは絶対俺が殺す。

そう思って、ずっと死にたい気持ちを抑えてきました。

実際、今もそうです。正直高校に行く気なんて毛頭なかった。親の金でこれ以上生きたくなかった。

中卒で、どっかでのたれ死んでも良いと思いました。友達がいたから今はどうにかなっていますが。

今でこそ、考えなくなって、のほほんとしていますが、たまに昔のことがフラッシュバックして、顔つきや考えが変わってしまう時があります。

またあのことをされたときの光景が再生された…

そう思うと、動悸が早くなるのが自分でもわかります。

そして何かにぶつけるように体を動かさないと、気が狂ってまた小学生のときのように鬱になってしまう。

結局そんなこんなで生きてます。

もし転校なんかしたら、本当に死んでしまうかもしれない。

僕の人生の選択は、11歳の頃でした。